産業保健調査研究

―平成13年度 産業保健調査研究報告―滋賀県内労働者の定期健康診断有所見者についての実態調査

  • 研究期間
    平成13年7月から平成14年2月末まで
  • 主任研究者
    滋賀産業保健推進連絡事務所相談員(産業医学)
    寺澤 嘉之
  • 滋賀産業保健推進連絡事務所相談員(産業医学)
    木村 隆
  • 共同研究者
    滋賀産業保健推進連絡事務所相談員(産業医学)
    大道 重夫
  • 滋賀産業保健推進連絡事務所相談員(産業医学)
    饗庭 昭彦
  • 滋賀産業保健推進連絡事務所相談員(産業医学)
    上田 伸治
  • 滋賀産業保健推進連絡事務所相談員(保健指導)
    長澤 孝子
  • 滋賀産業保健推進連絡事務所相談員(カウンセリング)
    鎌田 久美子
  • 滋賀産業保健推進連絡事務所所長
    杉本 寛治
  • 京セラ株式会社滋賀工場産業医 
    辻川 紀恵

はじめに

 事業場における健康管理の成果は有病率や有所見率で示される.産業保健職にとって,担当事業場固有の経時的変化を知ることは容易であるが,他の事業場との比較は毎年出される労働基準監督署の統計資料によるしかない.しかしながら,このような資料は年齢階層別や性別に集計されていないため,産業保健職が担当している事業場独自の年齢分布や男女構成割合に適合させて比較検討することは困難である.また、有所見率自体,健康診断機関や事業場の判定基準が統一されていないため,比較の基準とすることは難しい.従って,年齢および性が既知の集団について実際の健康診断データを収集・分析し,それを基準として担当事業場の健康管理の評価を行うことが望ましいと考えられる.

対象および方法

 平成12年度の滋賀県内の事業場で実施された定期一般健康診断結果について,滋賀県内主要4健診機関に個人として特定できない形でデータの提供を依頼した.対象は滋賀県下の種々の業種の事業所で働く労働者で,一部に通院治療中の者,身体障害者等を含んでいる.検討した検査項目は,血圧 (収縮期血圧,拡張期血圧),胸部X線検査,心電図検査,尿糖検査,尿蛋白検査,貧血検査 (赤血球数,Hb),肝機能検査 (AST,ALT,GGT),血中脂質検査 (総コレステロール,HDLコレステロール,中性脂肪),血糖検査の9項目である.
 委託健診機関の判定は老人保健法の健康診査における結果判定基準(平成12年度版滋賀県)を用いており(表1),測定検査データから導かれた有所見率 (以後健診機関の有所見率) と事業所から労働基準監督署へ報告された有所見率 (以後労働基準監督署の有所見率)を比較検討した.なお,血圧,貧血検査,肝機能検査,血中脂質検査の4検査については,それぞれの項目がひとつでも基準値からはずれた場合に有所見と判定した。
 また,BMI,血圧(収縮期血圧,拡張期血圧),貧血検査(赤血球数,Hb),肝機能検査(AST,ALT,GGT),血中脂質検査(総コレステロール,HDLコレステロール,中性脂肪),血糖検査の測定検査データ12項目について,男女別,年齢階層別(10歳間隔,20歳〜69歳で一部10歳代を含む)にそれぞれ3つの代表値,(算術)平均値mean,中央値median(パーセンタイル法),再頻値modeを算出した。通常,測定検査データに対して適当な変換をおこない,正規分布が想定されるばあいは,算術平均値mean±2SD(標準偏差)により基準範囲が求められるが,適当な分布が想定できないばあいは,測定検査データ数が十分大きければ,パーセンタイル法が基準範囲の推定に有効とされている.この方法では,50パーセンタイル点が中央値 medianであり,2.5パーセンタイル点と97.5パーセンタイル点の間,95%が基準範囲となる.今回の調査研究では,十分大きな測定検査データが得られたので,基準範囲の推定にパーセンタイル法を採用した.

結果

 4健診機関から得られた定期健康診断データは296,866人分で,滋賀県下の労働者の約54%を占めていた.健診機関の有所見率は,労働基準監督署の有所見率に比べ,尿蛋白検査,血糖検査を除いた7項目で高くなっていた(表2).中でも,脂質検査については,健診機関の有所見率は60.7%にも及び,労働基準監督署の有所見率22.5%に対して大きな差が認められた.尿蛋白検査では,健診機関および労働基準監督署の有所見率はほぼ一致し,血糖検査のみ労働基準監督署の方が健診機関の有所見率よりもやや高値を示した。
 男女別年齢階層別測定検査データから求めた平均値,中央値について,全年齢階層を通じて,女性の方が男性よりも高値を示したのは,HDLコレステロール(表21・22,図10)のみであった。総コレステロール(表19・20,図9)は,50歳前後で女性が男性を抜いて高値となった.そのほかの10項目では,常に男性の方が女性より高値を示し,特に,ALT(表15・16,図7),GGT(表17・18,図8)では大きな差を認めた.男女とも加齢にともなって,明らかな上昇を認めたのは,収縮期血圧(表5・6,図2),拡張期血圧(表7・8,図3),血糖値(表25・26,図12)であった.

考察

 健診機関の有所見率と労働基準監督署の有所見率には乖離が認められた(表2).平成12年度の健診機関の有所見率はそのほとんどが老人保健法の健康診査における結果判定基準(表1)により算出している.一方,事業所は有所見の基準となる判定区分を自由に選択できる。加えて,産業医の再検結果の判定や専門分野等,産業医の裁量により有所見判定が大きく左右される。その上,医学の発展にともない専門学会からたびたび出される治療指針の改訂や検体分析法の改良等による測定検査データ基準値の変更も産業医の裁量を拡大する要因となるであろう.ところで,産業医の選任および労働基準監督署への届け出義務があるのは,従業員数50人以上の事業所に限られる.実際,平成12年度の労働基準監督署へ報告された全受診者数146,175人のうち,従業員50人以上の事業所の受診者数は141,735人(97.0%)であった。すなわち,労働基準監督署(労働局)から発表された平成12年度定期健康診断実施状況の有所見率は,そのほとんどにおいて,産業医の判断が加えられた結果と推測される.このような状況をふまえて,実際には,健診機関毎で判定区分を見直し,必要に応じて変更している.本来,流動的な性質を有する判定区分の統一は,将来においても難しいと思われる.
 一方,有所見率の判定区分にかかわらず,各個人は自ら定期健康診断結果を評価する必要があり,事業場としても健康管理の評価を経時的にだけではなく,他の事業場との比較検討も行う必要がある.今回の調査結果を用い,職域における健康管理の評価基準として,表3〜26,図1〜12を参考として活用していただければ幸いである.